タイの社会資本の充実
タイ米が輸出されるようになった背景には、近隣諸国の植民地化にともなうモノカルチャー化がありました。
それともう一つの要因として、積極的な運河開削をあげねばなりません。
運河を開削すれば土地の所有権が与えられました。
このため、バンコク周辺には多くの運河がつくられ、これがタイ米の輸出を可能にしたのです。
町は運河を中心に発展したし、物資の流通は運河が支えていました。
戦後のメイズを中心とする畑作の拡大には、ミドルマンの指導とそれに応えた農民の努力があったが、背景に道路網の拡充があったのと同様な現象といえます。
発電・送電網の充実がなければ、企業家精神も工業化には結びつかないのです。
社会資本の充実がありさえすれば経済は発展するということはできませんが、社会資本がなければ、経済成長は実現しません。