社会資本、日本とタイ
タイの社会資本は日本にくらべて必ずしも遅いスタートではなかったのです。
電灯が最初についたのは、1884年であり(日本は1874年)、電車も1883年(1872年)などと、日本とさして違いはなかったのです。
・・・しかし、その後の展開には大きな差がありました。
第一の理由は、外債の発行や借款の増加に対する態度の違いにありました。
タイは、財政面での外国への依存度の上昇は、先進国による帝国主義的行動を招きやすいと考えました。
これに対し、日本は社会資本の充実のためには外債の発行を躊躇しませんでした。
そのため日本では国家債務のかなり大部分が運輸・通信の国内組織の建設にあてられましたが、植民地化をおそれたタイは社会資本の充実に積極的に取り組もうとはしませんでした。
外債発行などに消極的であったもう一つの理由として、イギリスからの影響があげられます。